砂漠で拾った黒い星
〜オリジナルBL小説〜

著者:レティ

!警告!
この小説は18歳以上を対象とします。18歳未満の方は移動してください


 剣と魔法の戦乱の時代、砂漠にあるオアシスの町イアニス。
 地方とはいえ交易の要所にあるこの町はそれなりに栄えていた。
 この時代、英雄を目指す若者もいれば、魔法を極めた老人もいる。
 だが、私ことレガード・ヴァイエルはそのどちらでもない。
 遠縁の資産家の遺産が転がり込んできた、多少見栄えのいい幸運な商人と評価される。
 それは事実であったし、否定はしないがそんな話をしても興醒めだろう。
 私には金で融通と我侭を通せる余裕があった。前置きはそれだけで十分だ。

 町には奴隷市がある。
 連日連夜の賑わいとは言わないが、市が立つ日にはそれなりに盛況だ。
 オアシスの管理こそしていても、物を売る商売の才能が無い私にはあまり縁の無い話なのだが。
 今日は違った。
 家の管理を行っていた老人エバンスが亡くなり、男手が足りなくなったのだ。
 単に人を雇うならそれなりのツテもあったが借りを作ればすぐに財産を吸い上げられる。
 それでどうこうなるほど遺産は少なくはないが、無駄遣いしないに越した事はない。
 それで単純労働を行う人間を奴隷から買い求める事にしたのだ。
 幼い頃は躾として言う事を聞かなければ奴隷市に売りに出すぞと脅されたものだ。
 それもあってか怖い、あるいは辛気臭い顔をした人間がそろってるようなイメージがあったのだが。
 実際に見てみればあちらこちらで交渉されている奴隷は買い手に一喜一憂し意外と人間臭さを感じさせる。
 興味を持ってあちらこちらと見て回っていると、一人の中年男が声をかけてきた。
「おやあ、これはレガード様!」
 見覚えは無い。あったかもしれないが忘れる程度の顔だった。
「どうしました? 奴隷でしたら私がいつでもご用立ていたしましたのに」
 愛想のいい事だ。
 しかし私にならどれだけの値をつけられるかと計算しているのが見え見えの辺り案外気のいい人間なのかもしれない。
「色々と見たくってね。それだけ言うからには自信のある者がいるのかい?」
「もちろんですとも! ささ、こちらをごらん下さい」
 苦笑しつつも言われるがままに商品を見た、その瞬間。
 心臓が早鐘を打つのが分かった。
 そこにいたのは堕天使。神の教えに背いた背信者。
 見るのも汚らわしい、そう思うのが普通なのだろうが。
 一目見て心が奪われるのが、どこか近くて遠い自分の事として分かった。
「……美しいね。どんな魔法をかけてるのかな」
「魔法なんてとんでもございませんよ。生まれながらの魅力でさぁ」
 そのやり取りが聞こえたのか、堕天使はこちらを向くとにっこり笑って私に告げた。
「何を見てやがんだよ、変態にーさん」
 思いっきり男の声だった。
「色ボケしすぎてんじゃねーの? まさか俺が女に見えたってワケ?」
「こ、これっ。黙ってろと言っただろう。失礼を謝りなさいっ」
「黙るか謝るかどっちをしろって言うんだよ」
 あくまでも従おうとしない堕天使に苛立ちが頂点に達したのか、奴隷商人は手にしていた鞭を振り上げる。堕天使はそれを避けようともしない。ただ、来る運命を受け入れてるかのように。
「いえ、いいです。やめて下さい」
 だから、そんな私の制止に堕天使は少し首をかしげてみせた。
「どういうつもりなんだよ?」
「いえ、一つ聞くだけです。あなたは掃除炊事洗濯、何かできますか?」
「……は?」
「できるかできないか聞いてるんです」
「……知らねーよ。んなもんやったことないし」
「じゃ、これから覚えるべきですね」
「あ、あのレガード様?」
「即金で。足りなければ屋敷へ取りに来なさい」
 戸惑う奴隷商人の手に金貨の入った袋を手渡す。
「行きますよ、堕天使」
「俺にはエネスって名前があるんだ。忘れるなよ人間」
「そうですか。奇遇ですね、私にもレガードという名前があるんですよ」
「……ハッ」
 私の言葉を鼻で笑う堕天使。
「人間の事なんざ人間で十分だ。お前はいちいちアリに名前をつけて回るのか?」
「ええ、たまにね」
「……変態だけじゃなくて変人かよ」
 呆れたような声を出す堕天使の手を引き屋敷へと帰る。
 町の中央にあるだけにすぐ近い。たどり着いた私は堕天使の腕を放し両手を広げて迎え入れる。
「ようこそヴァイエル家へ。当家はあなたを使用人として歓迎します」
「は、使用人?」
 もはや呆れ過ぎて言葉をただ繰り返す事しかできないらしい。
 再びそんな彼の手を引き、屋敷の中を案内した。

 故、エバンスがいない今、屋敷で働く人間は二人だ。
 年老いてはいても今だ現役のルテル。
 ルテルの孫で年若い少女のフライ。
 エネスを連れてきた事はルテルとフライにも喜んでもらえると思ったのだが甘かったらしい。
「金貨一袋ですって! まあまあ、それだけあれば働き盛りの男が三人は買えましたよ」
「三人もいても仕方ないだろう?」
「最近は物騒なんですよ!
 護衛が一人一人についてもおかしくないぐらいです!」
「分かった分かった、次から気をつけるよ」
「次があればいいんですけどねっ」
 ルテルにはこっぴどく叱られた。
 それを見てエネスは低く笑う。
「使用人にもなめられてる。とんだ人間がいたものだ」
「あれでも愛情表現なんだよ」
 平然と言い返す私に、エネスは出会ってから何度目かにもわからないため息をついた。
「それで人間。俺はどうご奉仕すればいいのかな」
「そうだね、屋根がちょっと補修してもらいたいところがあるんだ。お願いできるかな」
「……お願い?」
「そう、お願い。君がしてくれないと私も困るんだよ」
「困ってどうする。腹立ち紛れに慰み者にでもするか」
「え? うーん、何度でもお願いする」
「バカかお前は!」
 何故か少し傷ついたような表情でエネスは怒鳴りつけてくる。
「美しいとか言って俺を買っておいて観賞用なのか、おい?」
「確かに観賞するのも楽しそうだけど。ここでは働かざる者食うべからずってルールがあるんだ」
「何?」
「私はオアシスの整備をやってるから家では何もしないけど。エネスは違うからね」
「奴隷に食事も与えない、と?」
「まさか。硬いパンと冷たい残り物のスープになるだけさ。フライはおっかないからねぇ」
「……くっ」
「人間、胃袋の訴えには両手を挙げて降参するしかないんだ」
「俺は堕天使だっ」
「一緒一緒。空腹の辛さは違わないだろ」
「……分かった、補修をしてこよう」
「ああ、それが終わったら私の部屋に来てくれるかな」
 その言葉に、エネスは納得したかのように頷いた。
 フライには部屋へと食事を運んでもらっておいた。
 それをエネスと一緒に食べていると、明らかに怒りの気配を感じる。
「……そんなに口に合わなかったかい?」
「違う。俺が言いたいのはだ、どうしてお前は俺を抱こうとしない!?」
「あ、人間からちょっと昇格?」
「そこで嬉しそうな顔をするなっ」
 全力で怒鳴ったらしいエネスは少し息を整えると、こちらを真剣なまなざしで見つめて来た。
「今まで俺を買おうとした奴はことごとく俺を抱こうとした」
「抱かれたのかい?」
「全員潰した。局部的に」
「そりゃ災難。いや自業自得かな」
「で、その中にお前も入る予定だった」
「え、どうしてさ」
「……お前、俺の体が目当てじゃなかったのか」
「目当てだよ。力仕事必要だし」
「そういう意味じゃなくてだなぁ!」
「ああ、体を重ねるって意味?」
 さらりと言って、エネスの姿を見る。
 じっと上から下まで。エネスは多少居心地の悪そうな顔をしていたけれど。
「やっぱり綺麗だ。……でも、同意もなく無理やりするのはダメだろう?」
「同意って……俺は奴隷だぞ?」
「言っただろ、君は使用人として迎えるって。でも、そうだね」
 ちょっと言葉を区切って告白する。
「私はエネスに一目惚れした。だからエネスも私の事をを好きになってくれたら嬉しいな」
「……誰がなるかよ。この変態」
 そう答えたエネスは、それからしばらく一言も口を利かなかった。
 何を考えてるかは分からなかったけど。
 少なくとも怒ってはいなかった。

 日が暮れて夜になる。
 自分の部屋でそろそろ眠ろうかとしている時、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
「邪魔するぞ」
 そう言って入ってきたのはエネス。
 昼間もつい目で追いかけてしまっていたその体を包むのは薄着一枚。
 思わず喉をならしてしまった。
 口調こそ乱暴だがエネスは美しい。
 その容姿に惹かれている心を否定するつもりはない。
 だけど。
「……寒くないかい?」
「やっぱりどこかズレてるよ、レガード」
 いかにも救いようが無いとでも言いたげに首を振るエネス。
 それでも気を取り直したかのようにこちらへ歩み寄ると、私の顎をつかみ唇を重ねてきた。
 子供がするような戯れのようなキス。
 けれど私は全身に痺れるような感覚を受けて思わず目を閉じた。
 エネスは不器用ながら一生懸命といった様子で私の体をなでる。
 触れられた所が熱を帯びるかのように、思わず気分が高揚していくのを感じた。
 思わず手を伸ばし、エネスの体を抱きしめる。
 その時だった。
 がしゃんと、近くで何かが壊れるような音がした。
 ふと目を開いて見れば、足元に何かの破片が落ちている。
 首輪の欠片だった。しかし、私は首輪などつけていなかったしエネスも同じだ。そのはずだった。
「……嘘だろ」
 その呟き声に私はエネスへと目を向ける。
 至近距離で、驚きのせいかキスの余韻なのか理由は分からないが、エネスの少し息が荒いのが分かる。
「レガード、お前本当に俺を好きだったのか?」
「そんな事で嘘を言ってどうするんだい? 私は駆け引きは苦手でね。それよりこの首輪は……」
「……俺を縛っていた鎖だ」
 そう言うと同時にエネスは私を抱きかかえるとベッドへ倒れこんだ。
 押し倒されるのは予想外で、私は何事かとエネスの目を見る。
「どうして俺が人間なんかの奴隷に甘んじてたか分かるか」
「分からないよ。空を飛べばすぐ逃げられそうだし」
「この首輪があったからだ。見えない首輪で触れる事もできやしない。なのに俺の魔力を完全に封印し空を飛ぶ事だってできなくなってた」
「そう、壊れて良かったじゃないか」
「……良かっただと?」
 戸惑いながら、それでも意地の悪い笑みを浮かべてエネスは私の唇を奪った。
「ご主人様は状況が分かっていないらしい。首輪が壊れて自由になった俺は、気まぐれ一つでこの町を壊滅させられる」
「そうなのかい? それは困るな」
「もっと深刻になれレガード。そうされたくないなら……俺に抱かれろ」
「……え?」
 心臓が早鐘を打つ。ただでさえどきどきしていた胸の鼓動が更に激しくなったのが分かった。
「エネスはどうしてそんなに体を重ねる事にこだわるのかな」
「今までは全力で抵抗してきた。だけどな」
 そこでちょっとだけためらいつつエネスは答える。
「この首輪が外れるためには、愛が必要だと聞いていた」
「……愛とはまた抽象的だね」
「茶化すな。そんなもの存在するはずがない、俺に対しては絶対ありえないと思っていた」
 そこで自嘲気味に笑う。
「この容姿だ。お前もそうだろう? 情欲のために近づいてくる輩を見てきたはずだ」
「まあ、ね。私も悪い意味では結構モテたよ」
「へえ、鈍感そうに見えて気づいていたとは意外だな」
「私だって木石でできてるわけじゃないよ」
 そう言ってエネスにキスを重ねる。
「こういう事をしたい気持ちは十分にある」
「だったら……」
「でも、体を重ねるのはまだだね。私がエネスを好きでも、エネスは違うんだろう?」
「……当然だ」
 何か苛立ちながらのためらいながらの声だった。
 認めたくない。言葉ではなく仕草や反応からそれが分かる。
「じゃあ、今日の所は一緒に寝るので我慢って事で」
「……出て行くと言ったら?」
「別に旅に出るのはいいけど。ここはエネスの家でもある。いつか、ちゃんと帰ってきてくれると嬉しい」
「どこまでお人よしなんだよ……」
「恋は盲目って言うだろう」
「そりゃそうだけどな」
 ごろりと私の隣で横になるエネス。
 もう何か諦めきったような表情だけれど、どこか仕方ないかとでも言いたげな顔だった。

 こうしてエネスとの生活の日々が始まった。
 結構な働き者でルテルやフライもやがて不満は言わなくなる。
 平穏で、たまに甘い部分のある生活。
 エネスとの関係が深まるのは、次の事件が起きてからの事だった。

 おしまい★


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