好奇心は恋を殺す……かも
〜オリジナルBL小説〜

原案:こあらだまり
著者:こあらだまり&葉月たまの

!警告!
この小説は18歳以上を対象とします。18歳未満の方は移動してください


 その荷物は毎週金曜日に届く。
 配送は午後2時から4時の間の時間指定。青い山猫のキャラクターでおなじみの、ブルーリンクス便が運んでくる。
 送り主は霧島康子。送り先は霧島新となっている。中身は様々だが、大抵が食品だ。サバの缶詰だった事もあれば、青森産のリンゴだった事もあるし、山形産のあきたこまち10キロだった事もあった。
 この日、送られてきた荷物は、いつもと比べて、随分小さな荷物だった。小さいわりには綺麗な包装紙で厳重に包んであった。
 ――何だろ、これ?
 加賀晴樹はその荷物を受け取ってしげしげと眺める。あんまりに長い間そうして眺めていたので、配達員がじれて早くサインするように促してきた。晴樹は慌てて荷物から目を放すと、伝票に簡単にさらさらとサインした。
 配達員は長い黒髪の女性だった。すらりと背が高く、宅配会社のロゴ入りの青い制服を着ている。名札には
「ウサミ」の文字。目鼻立ちがはっきりとした、美人に分類される女性だが、大きめの口とそこから覗く八重歯がどこか愛嬌のある雰囲気を振り撒いている。
 晴樹にとって毎週荷物を持ってくるこのウサミという配達員はすっかり顔なじみだった。彼女はいつも、その細い体からは想像もつかないほどの膂力で軽々と荷物を運び上げて運んでくれる。もっとも今日は、いつもと比べて荷物が軽かったので、その力を発揮する必要はなかったみたいであった。
「んじゃ、これ、よろしく」
 やたらと砕けた口調で言うと、ウサミは晴樹から伝票を受け取る。
 晴樹は少し頷いただけだった。ぶっきらぼうな態度は晴樹の元々の顔立ちがきついせいもあって、よけいに目立っている。
 ウサミは気にした風もない。接客用のスマイルとは別の気安い笑みを晴樹に向けて、外へ行こうとする。しかし、そこでふと何かに気付いたように、運んできた荷物に視線を落とした。
「ああ。そうそう。特に書いてなかったけど、割れたりする可能性もあるから、丁寧に扱ってね?」
「割れる……?」
 晴樹は荷物とウサミの顔を交互に見た。晴樹はようやく箱に貼ってあるラベルに気づいた。ラベルには
「化粧品」と書いてある。どうやらその荷物の中身は化粧品らしい。新のやつ、何でこんなものが必要なんだろう、と晴樹は疑問に思った。それに気付いたのか、ウサミはひょいと肩を竦めてみせた。
「多分、男性用の化粧品か何かだと思う。今時は男の人でも化粧する人いるしね」
「あいつが化粧を……? まさか……」
 新は確かにお洒落だが、化粧をするタイプには思えなかった。
「もしかして、何かの間違いじゃないか?」
「でも、宛て先は確かにルスオになってるけどね。ルスオから何か聞いてない?」
「……聞いてない」
 ウサミの言う「ルスオ」というのは霧島新の事だ。晴樹にとってはアパートの隣の部屋の住人であり、同じ大学に通う学生でもある。――毎週のように実家から荷物が届くくせに、いつも留守にしていて何度配送に来ても部屋にいないからルスオ。何とも他愛のない悪意の込められた単純な命名だが、ウサミが腹立ちまぎれにそう名付けるほど新は家に居つかない人間だった。新はサークルとバイトをいくつか掛け持ちしているらしく、殆ど家を空けている。時にはニ、三日戻らない事だってある。そして、やっと戻ったとしても、眠るときを除いては三十分も家にじっとしていない。新のお隣さんを一年以上続けている晴樹ですら、彼の行動パターンを読めたためしがないぐらいだ。
「聞いてない、って、君らトモダチっしょ?」
 不思議そうにウサミは晴樹の顔を覗き込む。友人なら相手の行動を把握していて当たり前、と言いたげな様子で首を傾げる。
「別に」
 目を逸らして短く答えた。
「じゃ、ただのお隣さんだって?」
「だろうね。顔を合わせれば挨拶をして世間話をする。留守中に宅配が来たら荷物を預る。その程度の関係。行動も把握していないし、携帯電話の番号も知らない」
「……クールだねぇ。ハルキ君」
「そう?」
「うーん。よくわからんけど、何かクールってかドライな感じがする。――ま、何にしろヨロシク。どういう関係にしろ、君はヤツに荷物を受け取らせる事のできる、選ばれしモノだ」
 やたらと芝居がかった口調で言って、ウサミは立ち去った。配送車の慌しいエンジン音が表から聞こえてきて、閑静な住宅街の中を遠ざかる。すぐに、周囲には再び気だるい初夏の昼下がりの平穏が戻ってくる。
 ――選ばれしモノ。
 暫くの間、晴樹はウサミが残した安っぽい言葉を反芻していた。
 それから、ウサミの言うトモダチ、という関係を考えてみる。
 恐らく、彼女の考えているそれは携帯電話の番号でお互いの居場所と行動を始終報告しあうような関係だ。同じ場所へ行き、同じ世界の事を同じ言葉で喋る、そんな存在をトモダチと呼ぶのだろう。
 馬鹿馬鹿しい。
 すぐさま、晴樹は頭に浮かんだ思考を打ち消した。そして、荷物を忠告通り割れ物かもしれないから壊さないように食卓の上へ置いた。

  ※  ※  ※  

 実際のところ、
「選ばれしモノ」というウサミの言葉はそこまで的外れなものではなかった。
 晴樹と新はトモダチという言葉では当てはまらなかったが、少なくとも晴樹の方は新に特別な感情を抱いていた。大学の入学式で偶然隣の席に座り、数語言葉を交わし、式が終わって別れ、その後で実は下宿先のアパートの部屋が隣同士だったという事に気付いた、というのが二人の出会いのあらましだが、その時から晴樹は新に惹かれていた。
 第一印象は、馴れ馴れしい奴、だったはずだ。
 お喋りで軽薄で人付き合いを小器用にこなすような、はっきり言ってしまえば、晴樹のの嫌いなタイプだ。
 それなのに、
「入学式で出あった相手と隣人だった」という偶然に純粋に驚き無防備な笑顔を向けてきた新に、晴樹はいつもの皮肉で辛辣な言葉で応じることができなかった。言葉の代わりに浮かんできたのは、何かくすぐったいような柔かな感情だった。慌てて晴樹は新から目を逸らし俯いた。新は晴樹の事を笑いながら
「変なヤツ」と評し、晴樹は顔を赤らめた。
 その一連の感情の流れが何だったのか、晴樹にはわからなかった。そして、今でもわからないまま、こうして新とトモダチになるでもなく、晴樹は彼の隣人を続けていた。

  ※  ※  ※  

 闇の中、晴樹はインターホンの音で目をさました。
 反射的にベッドの傍にある時計に視線を向けると、表示は零時三十七分だった。
 無視をしようと寝返りをうつと、もう一度インターホンが鳴った。
 短く溜息をつき、晴樹を寝床を出ると玄関に向かう。無意識的に電灯のスイッチをさぐりキッチンの明かりをつける。蛍光灯がニ、三度瞬いて白い光を灯す。あの荷物はまだ食器棚の前に転がしたままだ。
 玄関のドアの覗き窓で一応相手を確認してから、晴樹は扉を開いた。
「よぉ、晴樹」
 真夜中も半刻ほど回った時間に隣人を叩き起こしておきながら、新はいつもと変わらない様子で笑いかけた。晴樹は不機嫌な様子を隠そうとはしなかった。
「……何時だと思ってるわけ?」
「いや、俺だって悪いとは思ったんだけどさ。家に戻ったらウサミさんの手紙入ってるし」
 ばつが悪そうに新はブルー・リンクス便の不在伝票を見せる。
 形式どおりの配送日時と荷物についての詳細のほかに、そこには癖のある字で
「今日配達あり。ハルキ君に預けておいたから、とっとと取りに行くが良い。――ウサミ」と書かれている。それがまるでどこぞの大明神のお札か何かで粗末にしたら祟られるとばかりに、新は丁寧に紙切れを取り扱った。ウサミと新の間では、力関係が決まっているのだ。以前にも、新が再配達を頼んでおいてすっぽかした事で、二人の間に争いがあったのを晴樹は知っている。そういえば、新がウサミの事を“ウサミさん”と呼ぶようになったのもそれからだ。
「まあ、いいけどさ」
 肩を竦めて晴樹は食卓の上を指し示す。
「何だろな? 食べ物とかだと助かるけど」
 勝手知ったる他人の家、という風に新はダイニングに上がりこみ、荷物を検分し始めた。
「化粧品らしいよ。新は何か心当たりある?」
「はぁ、化粧品? ……姉貴のやつ、何でそんなものを送ってきたんだ……?」
「やっぱり唐子さんが勝手に送って来たんだな? 新が頼んだのかと思って、びっくりしたよ」
「頼んでない、頼んでない。俺が化粧しても似合わないだろ? 晴樹なら、似合うだろうけどさ」
「って、冗談でもやめろよな、そんなこと言うの……」
「わりぃ、わりぃ」
 そんな会話をしながら、新は荷物を開けた。そして、ぎょっ、としたように表情が凍り付く。何が入ってたんだろう、と思って晴樹も中を覗いてみて、新と同じように絶句した。中に入っていたのは、いわゆる
「大人のお○ちゃ」だったからだ。
 硬直したまま、しばらく時間が過ぎた。先に新の方が我に返った。新は困ったように頭をカリカリと掻く。
「姉貴のやつ……本当に何、考えてるんだ……?」
 その声を聞いて、晴樹は動揺を押し殺しながらも、一応、新の言葉に同意してみせる。
「まったく、本当だよな。こんなもの送られても使い道ないのに……」
 しかし、その言葉とは裏腹に、晴樹は目の前の道具に興味津々だった。
 話で聞いたり、本で読んだりしただけだが、その道具は使うと凄い気持ちいいらしい。普通にするより、より女性がする感覚に近くて、あまりの気持ちの良さに失神してしまうほどだ、という話も聞いたことがある。
 試してみるのは怖かったが、でもそれがどんな体験なのかその感覚を体験してみたい、と思う気持ちは常にあった。
 目の前にこうしてその体験を実現するものを突きつけられて、晴樹の心は大きく揺れていた。
 ふと目を上げると、新が晴樹の方をまじまじと見つめていた。自分の気持ちに気づかれてしまったのだろうか、と思い、晴樹はさらに動揺する。こんな気持ちを知られたら新に軽蔑される、それだけは絶対嫌だった。
 しかし、新はずばり晴樹の肉欲にまみれた想いを言い当てる。
「……興味あるのか?」
「あ、あるわけないだろ! 何、馬鹿なこと、言ってんだよ!」
 晴樹は必死に否定する。でも、晴樹の慌てぶりが、逆に新の言葉が真実であると態度で告げていることに、晴樹本人は気づいていない。
 新は真面目な顔で晴樹の顔を見つめながら、尋ねてくる。
「だったら……試してみるか……?」
 その言葉には凄く惹かれた。でも、晴樹は必死にその魅力に抵抗する。
「た、試すって……そんな……何か、今日の新、変だよ……」
 晴樹は新のことを特別に思っている。そんな人に、自分がこんなやらしい人なんだ、と思われたくはなかった。そんな風に思われて、新に軽蔑されたくはなかった。
 しかし、新はその想いに気づいてないのか、すっと晴樹の直ぐ傍まで近寄ると、ズボンの上から晴樹の股間を撫でた。
「や、やめろよっ!」
「何だ、口では嫌だ、と言いながらも、身体はこんなに正直じゃないか」
 そう言われて、晴樹はカーッと紅くなる。新の言葉が真実であることは、晴樹も自分の身体のことだから、よく分かっていた。
「そ、それは……」
 言い訳を考えるけど、何も思いつかない。
 そんな晴樹へ、新は駄目押しするように言う。
「ちょっとだけ試すと思って……嫌なら、やめるから……なっ?」
「あ、ああ……」
 新しい快楽の体験できるという魅力に、それ以上抵抗はできなかった。
 その夜、道具を通じてだけど、新と晴樹は1つになった。

  ※  ※  ※  

 次の日、学校にて晴樹はずっとぼーっとしていた。そのあまりの無防備さに、学校の友達が何人も心配していた。
 晴樹は昨日の体験を何度も心の中で反芻していた。晴樹の心と体が壊れるかも、と思ってしまうほど、昨日の体験は凄かった。もっともっとあの快楽を味わいたい。学校で晴樹が考えていたことは、いかに新に抱いてもらうか、ということだけだった。
 しかし時が立つにつれ快楽の体験は薄れ、段々晴樹は冷静になってきた。そして次に思い浮かぶことと言えば、新にどう思われているか、ということだった。
 今、ようやく晴樹は、自分が新に抱いている感情がなんだか分かった。晴樹は自分でも今まで気づいてなかったが、新の恋人になりたい、とずっと思っていたのだ。
 下宿先のアパートに帰ると、晴樹は体をベッドへと投げ出す。
「新の馬鹿……」
 晴樹は思わず呟く。
 本当に新は馬鹿だ。何で新はあんな行動をしたのだろう? 晴樹のことを玩具にして、楽しみたかっただけなのか? 新のことを考えれば考えるほど欝になる。悲しくなる。でも、身体は昨日の快楽を再び求めて疼いている。こんないやらしい自分が、本当に嫌になる。
 自己嫌悪を感じながら、新はひたすら新のことだけを考え、新が尋ねてきてくれることを待っていた。
 そして昨日と同じくらいの時間の深夜、インターホンが鳴る。それは晴樹が待っていたことであったが、今の晴樹は素直に喜べなかった。晴樹はもたもたとベットから起き、玄関に向かう。
「……だれ?」
「俺だよ、晴樹。開けてくれ」
 その声は新のものだった。一応、ドアの覗き窓から確認すると、そこには待っていた人が立っていた。でも、晴樹は素直に扉を開ける気にはならなかった。
「今は会いたくない! 帰れよ!」
 気持ちとは裏腹な言葉が口から出る。新は訝しげな声を返してくる。
「どうしたんだ? 体調が悪いのか?」
「違う。体調は悪くないけど、新に会いたくないんだ」
「何でだよ。俺が何か悪いこと、したか?」
「したじゃないか! 昨日、あんなこと!」
 晴樹は思わず大声で感情的に言葉を叩きつけた。勿論、新が悪くないのは、理性では晴樹は分かっている。でも、どうしても感情が制御できない。
 新はしばらく、晴樹の言葉を吟味するように、考え込んだ。それから優しく、でも、晴樹の逆らえないような声の調子で命令してくる。
「……開けるんだ、晴樹」
 晴樹はハッとなり、反射的に鍵を開けた。
 素早く新は中に入ってくる。
 新の姿を見て、晴樹は何だか、泣きたい気持ちでいっぱいだった。
「何でだよ……何で、あんなことしたんだよ……。俺、もう新にしてもらわないと、我慢できなくなってしまったんだ……。こんな淫らな自分が……凄く嫌だ……」
「そうか……それはよかった」
「よくないよ!」
 思わずムキになって、晴樹は言う。そんな晴樹を宥めるように、新はそっと、優しく抱きしめてきた。
「いいんだ、新が満足するまで、俺が何度でもしてやるから……。むしろ、晴樹が俺を必要としてくれているのが嬉しい」
「そんなの嬉しくないよ。新にとって、俺は一体何なんだよ! ただ、弄ばれるだけなのかよ!」
「馬鹿だな、そんなこと、気にしてたのか……晴樹は俺の恋人だよ」
「えっ……?」
 意外な言葉を聞いて、晴樹は目を丸くする。新は何度も言い聞かせるように繰り返した。
「晴樹は俺の恋人だよ。幾ら俺だって、好きじゃない奴に、あんなことするはずないじゃないか」
 ようやく晴樹の心に、新の言葉が届いた。晴樹もおずおずと新を抱き返す。
「こうなったのも新のせいだから……責任とれよな」
「分かった分かった。しかし、こう上手くいくとは、姉貴のお節介に感謝しないとな」
「えっ……何だ、それ……?」
 尋ねた晴樹を誤魔化すように、新は軽くキスをした。
 晴樹は気づかなかったが、あの宅配便にはこっそり唐子からの手紙が入っていて、それにはこう書かれていたのだ。

『好きな人に告白できないふがない弟へ、姉からのプレゼントよ。これ使って、しっかりモノにしなさい』


 おしまい☆


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